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青春の影


「彼は泣きながら」


彼は泣きながら愛してる
彼は泣きながら待ってる
獣道をかき分けて
血だらけになっても
僕を愛してと
うそぶく瞳を腫らしてる
彼のしわだらけのハート、
今から探すには もう遅すぎて
誰もが残った靴だけ眺めてる
海辺へ消えた
彼へのバラード

ーあの子は天使だった

Only for Him
天使の微笑み



* * * * * * * *


「誰に相談したって解決しない。だからあなたは、たったひとりで、これを乗り越えなければ行けないんだ」


ー「cockpit of the ONE」



こんにちは、恵人です。

誰もがCMなどで一度は聴いたことがあると思われる曲、チューリップの「青春の影」。随分前にやはりCMで初めて耳にして「なんじゃこの、素晴らしい曲は」と即刻検索、ひと頃かなり聴いていました。


                   


歌詞が素敵やなと思うし、タイトルも好きです。財津和夫さんの声もいい。
ラブソング云々のことを書きたいのではなくって(笑)、タイトルのこと、青春の影、青春。個人的には青春のセの字も経験した自覚はなくって、その反動なのか、逆説的に十代の頃いわゆるなそういうことにとても憧れを抱いていて、映画のスタンド・バイ・ミーに憧れて廃線になった線路で、「モタモタするなバーン!死にたいのかァ!」と、友人と真似して遊んでいました、そういえば。(笑・あの列車が来るシーン)

ベン・E・キングのあのテーマソングは青春の思い出のアーキタイプ(元型)として、ある意味世の中の集合無意識に焼き付いていますが、「俺の若かった頃はなぁ、この曲をレコードで聴いていて、なんたらかんたら~中略」と我が親父さまも申していましたし、兎に角こちらも素敵な曲。家に何故かスタンド・バイ・ミーのサントラがあって自分も相当聴いていました。

因みに「青春」を辞書ならぬWikipediaで引いてみると、どのように定義されているのでしょうか。ちょっと以下に抜粋。

青春(せいしゅん)とは、季節の「」を示す言葉である。転じて、生涯において若く元気な時代、主に青年時代を指す言葉として用いられる。

青春とは、元はを表す言葉である。古代中国の五行思想では、「春」には「青」が当てられる。同様に、「夏」を「赤」、「秋」を「白」、「冬」を「玄(黒)」に当て、それぞれ「青春(せいしゅん)」、「朱夏(しゅか)」、「白秋(はくしゅう)」、「玄冬(げんとう)」という。これらは季節を表す言葉であり、これが転じて、日本では特に「青春」について人生における若く未熟で、しかしながら元気で力に溢れた時代を指すようになった。


…ちなみに、では「青年」となると一体どのような年齢層を指すのか?調べてみるとこちらは曖昧。ジャンルによって幅があるようです。青春ということで言えば、家の父などは本当に飽きる程そういうものを体験したのではという人で、バックパッカーでしたし若かりし頃は日本中旅して周っていたそうです。

「あの沖縄へ向かう海の途中、舟の上で観た夕日は多分一生忘れない~中略」ということを話してくれたことがありましたが、そのような血は、一応自分が引いているのです。DNAの塩基に仕舞い込まれているのか、自分の魂の本質がそうなのか、そういう部分(自由人のような)は人一倍、二倍位あるということは小さな頃から自覚があって、ですので逆にそういうことのできない繊細さとか、自分の不器用さや不得手に対してかなりフラストレーションを感じていました。

そして大概そんな気難し屋さんには友達はできません(笑)そもそも孤独を心から愛するタイプなのでよいのですが、今「友達何人いる?」と訊かれても(友達という括りでなら)パッと思いつくのはせいぜい一人。だけど一人いればもう充分!(それ以上はノーサンキュー!!)という感覚なのです。父とはそういうところが真逆で、孤独を愛する割には彼は顔がとても広くて、人との会話を楽しめるタイプですから不思議です。

青年という定義が曖昧ならば自分もまだ間に合う筈、これから失われた青春を取り戻そう、かなと、毎年夏になると必ずちらっと思うのですが、いやいやそれは任じゃないなとか、柄じゃないなとか、実際そんなキャラクターは無理でしょうと、色々良い訳しつつ、でもそれも事実なので甘んじたり揺らいだり、毎年この時期にしています。

どうも地元が避暑地なので、夏の騒がしい雰囲気も単純に関係している気がする(笑)
海なんて冬でもそこにあるんだからサ、と横目でクールに通り過ぎていた十代、本当はその中に入っていきたかったという話。それも個人的には青春なんです。


ではでは。









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by zaraian | 2014-07-23 23:01

日々のGift



これって哀しみ?
それともこれが、愛なのか
ひとりぼっちで
あの人を想う時



ー「Cockpit of the ONE」



こんにちは、恵人です。

梅雨明けして、すっかり暑くなって参りました。個人的に夏って表裏一体な季節(?)で、理想と現実が交錯するような興味深い季節。昔は夏が一番好きな気でいましたが、今は秋が一番好きなのかも。単純に涼しいですし、鈴虫も鳴きますし。


* * * * * * * *

ここのところ仕事の方がとても多忙で、「年末か」と錯覚する位の掻き入れ具合。そういう時って職場の関係性、色々が周囲でも噴出しますが、なんとかスマートに(多分)乗り越え乍ら進んでいる最近。そんな中思うのは、どんなことでも「ギフトである」と思ってしまえば、実際にそうなるのだろうなと。

「こういうこと(現象)は今、試練として起こっているのだ」という考え方、普段しないのですが、どんな媒体となる出来事でも、エネルギーレベルでの青写真がまず初めにあって、それをプリントしたのが現実の事象だと言います。なのでまず高次(の自己)の意図なり、自分に内在している、放射しているものが先にあって、現実の動きは影のようなもの。上の如く下もで、これは人生の事象メカニズムの根幹と思います。上手く説明できませんが。

最近ハマっている考え方(と言うとおかしな言い回しだけども)に「清濁、両方どんどん受け入れる」ということを思っていて(笑)一見カオスな出来事も、素晴らしいことも、両方受け入れて経験していくということに、自分がコミットして、どんどん経験していく。自分の中でそのように「設定」してしまう。と、どんどん現実は動いていく気がします。

「対岸へ渡りたいのなら、今目の前にある、サメのいる海を泳ぐしかないのだ。おじけづかずに。」
という言葉がありますが(実際はありません)、先程の表裏一体の話ではありませんが、日の元へ向かいたいなら、自分の内を晒していく勇気や気概も必要なのかと、ぼんやり思って昇華している最近。

…と、そんなことを思えるようになったのは、故あって今、ありがたいことに天使たちと密接にワークする機会を頂き(感謝)、天使たちの叡智に充ちたディバインな導きで、今、色んな気づきの機会を頂戴しています。良いこと、そうでないこと、等々、三次元視点から見れば、一見してジェットコースターのような事象が起こっている中でも、「全部見えない意図の通り」という信頼と共に、得るギフトを満喫しています。

日々の密度が濃いというのか、毎日毎日が有意義で、新しさに充ちているという感覚がありますが、なにしろシンクロもスゴイっ!!天使って改めてほんと不思議というか、凄い存在だなと思います。

今朝も天使のいたずらなのか、明らかに携帯の電話が鳴ったと思って起床して見たら、全然着信しておらず(笑)、ですが時刻を観たら丁度自分の誕生日の日付で、その時なんとはなしにビビっと来ました。電話、ほんとに鳴ったと思ったのだけど…。

他、よいものもそうでないものも、両方のシンクロを楽しんでます。意識的にしているから最近は気づくのでしょうが、実際は毎日不思議なメッセージやシンクロは起こっていて、それを自分が気づくかどうかなのかなと思います。

天使は呼べばすぐ来る、サポートしてくれるとドリーン・バーチューさんはよく仰いますが、そういうものなのでしょうね。その際、大切なのは「信じる」ことで、天使や見えない糸を信じる、ラポール(信頼関係)を築くことは肝要だなと思います。自分自身にそれを許可するというのでしょうか。


そんな天使たちとの新鮮な驚きに彩られていたここ数日。大変なこともいっぱいありましたが、それもギフトという話。

今日丁度CM観ていて「この曲タイトルなんだっけ」と話していた、松任谷由実さんの「やさしさに包まれたなら」の歌詞気分だった昨日。幸福な粒子群に包まれていた感覚があって幸せでした。懐かしい童心に帰るようなこの感覚、この感覚。



  小さい頃は 神様がいて
  不思議に夢を かなえてくれた
  やさしい気持ちで 目覚めた朝は
  大人になっても 奇蹟は起こるよ

  カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
  やさしさに包まれたなら きっと
  目に写る全てのことは メッセージ


  小さい頃は 神様がいて
  毎日愛を 届けてくれた
  心の奥に しまい忘れた
  大切な箱 開くときは今

  雨上がりの庭で くちなしの香りの
  やさしさに包まれたなら きっと
  目に写る全てのことは メッセージ

カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
  やさしさに包まれたなら きっと
  目に写る全てのことは メッセージ





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by zaraian | 2014-07-22 21:34

捨てる神あれば…


こんにちは、恵人です。

雨ですね。。今日はゴロゴロと雷鳴も轟いていましたが、地元では夏祭りが三つほど重なっていました。が、雨のゆえ全て中止になったよう。騒がしいのが苦手な自分としては「よしよし…」と密かに思っていたのですが(オイ)
雷のような天然現象が好きで、部屋を暗くして、窓から外の稲妻を眺めていると、気づけば一時間位過ぎます(笑)。昔は自分のこの、困った人格をてっとり早く変化させるには、どうしたらいいのか?を真剣に考えていた頃の案のひとつに、
「いかずちに打たれて、生還する。」というものがありました(笑)雷に打たれて脳に強烈な電気刺激を受ければ、きっと人格も変わるだろうと思っていたあの頃、雷鳴る夜に屋上などに駈け上らずに、エネルギーワークに出会えて良かったです。


* * * * * * * *

エネルギーワーク、エネルギーワーク、とよく言うのですが、自分が意図しているのは大概はクリアリングのためのテクニックやメソッドなのですね。具体的に言えば最近の普段する自浄ワークは大体、米国クリアサイトのレバナ・シェル・ブドラさんが紹介しているテクニックを使っています(というか最近久々に復活させたですが)。

これはもう折り紙つきというか、二年位やってきてその効果の程を身を持って立証しているのですが、ヒーリングクライシスというのでしょうか、浄化や解放の為の事象もばしばし、そう、ばしばし起きていきます。
同ワークを始めた当初、まだまだ自分の内に昇華すべき課題を山積させていたので、初めの頃はそれこそ凄まじかったです。「まさかそんな…ウソだ!!」と思いたくなるような(笑)現実での事件(といえば大袈裟ですが)なども、結構ありました。

…こう書くと何かもの凄い「エネルギーワーク=苦難の道である」かのような図式ですが(笑)全然そんなこともなく、変容プロセスは人それぞれ。個人的にはそういう、「成長の為には苦しみが必要」みたいな信念体系みたいなものを持っていて(それこそ浄化対象なのですが)、それも加味されていたのでしょう。なので進化成長をとてもスマートにスルっと(葛藤なく)通過していく方もいると言いますし、言えることはどんどん自分が生きやすく、クリアになっていくということ。

とはいえそんな風ですので、再びクリアリングのワークを集中的に始めた最近、バシバシ気づきの機会なのか試されてるのか、現実事象がやってきています。今日はとくにすごかった…「神よ、何故この様な試練を私に与え給う」と天を仰ぎ見たくなるようなことが一日で数多、噴出。そんなに苛めなくてもと思う位の、逆シンクロに充ちた解放Dayでした。

ですがかようにしてわかったのは、以前だったら、同じ状況で混乱してかなりとっ散らかっていたであろう、メンタル部分が強化されたなァということ。人ってやっぱりエネルギーワークいかんで成長できます。で、現実でそれ(変化)を自覚したり試したりする媒体が起こったりと、そんな繰り返しをらせん状に上っていっています。

タイトルは「捨てる神あれば拾う神あり」にかけたことを書こうとしていたのですが…また次回に。そんな一日↑だったので、なんだかんだ言っていますが帰ってすぐ軽いヤキ酒(笑・ミニワイン)飲んだら酔いが…お風呂から上がったら「ワイン買って、冷やしておいたワ」と、そんなことは知らぬ母がボトルを再び差し出してくれたので、今は眠いです(笑)

ではでは。









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by zaraian | 2014-07-19 21:11

「Σ' αγαπώ」 過去世の呼び声


こんにちは、恵人です。


少しだらけていた時期(暑さ故だったのでしょうか。。)を抜けて、瞑想モチベーションが再び戻ってきている最近。改めてクリアにするべくものにフォーカスしてみるとごっそりと顕在意識に上がってきました・笑。

瞑想やクリアリングのワークって意識的な作業だし、普通に生活していたら面倒に感じることも多い。自分に向き合うことなので尚更、秘しておきたいことであったり伏せておきたいことも多いですが、成長したり精神的な自由を獲得できるようなこのエネルギーワークは一度味をしめて(?)しまうと一生モノだと思います。

やはり普段から地道にクリアリングワークすることや瞑想を実践することは肝要。日常でもそれらの浮上した事柄が顕在化しますし、気付きの頻度は加速します。少しだらけていたので「この感じこの感じ」という感覚で出てきた大波小波を昇華していますが、先日のワーク中
「まだ(そのパターン)やってるの? いい加減、そんな制限窓から放り投げちまいなよ!」という、もう一人の猛々しいヒト(笑)の声が響いておっとっとでした。無形なので窓から放り投げはできませんが、エネルギーレベルで背負い投げしている最中のこの頃、
今、色々な自分に向き合っています。



* * * * * * * *



まだ昨日のことですが、一日中ギリシャが意識に上っていて、疑問に思いつつも別に調べものをしていると、やはりギリシャに辿り着きました。その内目にするもの大体がギリシャの何かに見えてしまう位意識に上っていたのですが、寝る頃になって、ザザーっと、過去世と思われる断片的な画像幾つかが飛び込んできました。

名前まで響いてきてくれたその時、色々なことの合点がいき、腑に落ちました。やっぱりそうだった、という感じで点と点が線で繋がった瞬間でした。ベールがかかっていたというか、今まで薄ぼんやりとした感覚としてしか、認識できていなかった過去が急にクリアになったという感覚があり、それは嬉しい驚きでした。
今までのあれこれのパターンや感情反応はこれだったと。

だからどうということもないのですが、過去世や前世と言いますが、それを知ったりわかったりする「意義」は、結局過去の清算だったり、意識化されることで自動的にクリアリングが起こったり、エネルギーが動いて認識や思考、伴い現実が変容することだと思っています。
あと誤解のないように言いますが、今回分かったのは凄い悪いことをしたなどの人生ではなくて(笑・誰しもそういうものも経験しますが)幸福な記憶でした。これで少し変わっていくのを予感してます。

興味本位で過去世を知るのも楽しいものですが(リーディングなどで)、顕在化することで気づきに繋がるような過去、「わかった(だからだ)!」という、ハラの底から理解するあの感覚は、エネルギーレベルで大きく作用するものだと言います。

そして過去世はサイキックでもなくても何でも、勘と直感で「遠からず」なことは絶対わかると思います。多分もう四年近く前だと思いますが、初めてリーディングというものを信頼できる方に行って頂いた時、「こうではなかったか」と感じていた過去を挙げてみたら、全部ちゃんと存在していました。なので大抵自分でこうではないか、とかこの国が好きだから多分居たのだろう(笑)というのは事実か、それに近いものだと思います。

今回のことでも気づいたのですが、やはり無意識に過去から引き受けてしまっている(引き継いでいる)核となるパターンはあって、それを今も演じてしまったり繰り返しているのだなァと。それに気づいたりクリアにすることで、自己認識や思考パターンも変化していく。

…とはいえ過去世に固執したり埋没する訳にもいきませんので、結局大事なのは今のこと、今どのようにして生きるかが、影響を与えている過去も変えていくと言います。そして後づけで気づいていくこともあるのでしょうね。

余談ですが、ギリシャは昔から本当に好きで、「地球の歩き方」を読んで行った気になっていたという過去があります。いつか肉体レベルでも行きたいです。
そういえばアンドロメディアやスカイリアのように、語尾に「A」を付けるのが自然好きなのですが、それもギリシャ語感の故なのだろうなと、調べていてわかりました。

作曲家のサティの「ジムノペディ」も、「ジムノペディア」というギリシャの古代祭典の名が由来ですが、確かこの曲は同祭典のギリシャ壺絵を見て、作曲したと訊いたことがあります。「家具としての音楽」として有名なサティですが(よくBGMで流れます)、どことなく哀愁があるような曲調がとても美しいです。祭典だというのに…。

ではでは。


                 
 




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by zaraian | 2014-07-17 16:48

ここにいること


こんにちは、恵人です。

最近グランディング甘いなぁという感覚で過ごしておりました。地に足ついていないというか、どことなくフワフワと浮遊しているような。
これはあきませんということでグランディングのレイキシンボルを入れたり、「今」のポイントにフォーカスしたりと、色々やっている内に今日はようやく着地した感じがしています。

グランディングや「今」に存在するということ、ニューエイジやエネルギーワークの世界では本当によく云われています。「現在」というのは英語で「プレゼンス」とも言うらしいですが(たしか)、読んで時の如く今の瞬間にフォーカスして生きていくということは、大きなギフトであるとも言います。

たしか、エネルギーワークジャンルの入り口として初めて知ったのは、この「身体の中にいる」という概念で、しょっちゅう肉体から遊離していた感覚があった当時は「コレダ!」と、目から鱗状態で実践をしていました。

身体の中にいるということ……、「?」と感じる方もいらっしゃると思いますが(笑)、要はエネルギー体がしっかりと肉体に合致せずに、ずれてしまっている状態というのでしょうか。よく現実と対峙していたくない時や逃げ出したい時、半分意識が身体から抜けてしまっているような感覚が頻繁にありました。

そんな状態だと現実を生きるという姿勢からは逸脱してしまうので、当然あまりよい状態ではなく(エネルギー的にも)。グルグル回る思考の中に埋没してしまうということも、よく起こっていました。そうなると余計に、頭上何メートルか位の上空にふら~っと上昇していってしまうのですが・笑。

今を生きるのも現実を生きるのも、個人的にはそう意図するだけで現実の感覚はじょじょに戻っていきます。「今」の瞬間に自分を浸す感じで、そうするとじょじょに密度を取り戻していく感覚があります。
自分の身体を意識するだけでも血の流れは促進されますし、内臓機能や神経系統も強化されていくといいます。あとは、足ですね。足裏を意識することはすばやく現実感をもたらしてくれます。
先日「心配事を考え過ぎて、眠れなくなることがある」という知人にそれを提案したところ、「…一応、頭には入れておくワ」とつれない返答でしたが(笑)、本当、これはグルグルと心配が巡った時は一瞬で黙ってもらうのに効果的です。
いっとき(もうだいぶ昔ですが)その内足の裏で文字が読めるようになるのではないかという位、足裏にフォーカスしていたことがありましたが、その期間は確かに現実感と共に在ることができました。チャクラや地のエネルギーが関係しているのでしょうね。

今を意識的に生きることは、現実に対して能動的に、積極的に参加している姿勢ということ。その時、今ここにいるという自分を自然に肯定して、生を全うしているという感覚はあると思います。


ではでは。



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by zaraian | 2014-07-15 21:56

続・熱い海の思い出




こんにちは、恵人です。

今まで4つ位、ブログを掛け持ちしておりましたが、ことごとくどのブログでも紹介していまっている映画、「Le Grand Bleu」(笑)ワザとではないし宣伝でも勿論ないのですが、、、我ながらとても好きなのでしょうね。

          



                


こちらは映画音楽担当のエリック・セラさんという、エンジェリックな名前のフランス人の方が歌うエンディングソング。映像もとても綺麗、多分体に直接プロジェクター(投影機)を充てているのだと思いますが、不思議な感じがして、独特な手法で美しい世界観だと思います(なんとなくエニグマっぽいかな?)。

こういう、映像が切り取られたダイジェストのようなものが好きで、人生のシーンシーンや思い出の「場面」が切り取られているようで、綺麗だな~と思うのですよね。なので昔は、自分が死んでしまったらこういうものに自由にアクセスできると思っていて(アカシックレコードのように)、そういうものを回顧して感動するということに憧れていました(笑)
「こんなこと、あったあった」というような。それはすごく感動的というか、走り抜けて駆け抜けた後の平和のような状態で、生きてるって結局すごく稀有で素晴らしいことだ、という風に思えるかなと思うのです。

なんでグランブルーこんなに好きなのかな?というのは映像が美しいのと、イルカが好きなこと、あとはなんでしょう…魚人だったことがあるからだと思ってますが(笑)海底文明とか、ポセイディア文明とか、よく云いますがアトランティス期にはそのような海中の文明があったと言います。
シリウス人も水陸両生の文明があるとも言いますし、アフリカのドゴン族の壁画も人魚です。

前記事のタイトルを書いていて思い出したポエムのフレーズがありました。もう随分前のものですが。


              僕は熱い海に飛び込む
              頭も体もいらない
              君の羊水の中の
              胎児になりたい


という、周りの人からは思わず「大丈夫?」と言われてしまいそうな詩でしたが、あれはその当時の本音だったなぁと思います。勿論羊水云々の部分は比喩的な意味です(笑・「海」に替えても間違いではないかな)
もうこれを書いていたのが確か16位の時だったと思いますが(だからとても瑞々しいです)、その時は本当に安心できるような、何か宇宙のような場所へ回帰してしまいたいという想いで書いていたのだと思います。
それは無意識に「熱い海」だったのですが…生命誕生は海から。瞑想していて意図せずたまにアクセスするのは、黄色っぽい流動的な海の中なのですよね。
個人的には「原初の海」と呼称していて、琥珀色というのでしょうか、そのような色合いの、心から安堵できるようなフィーリングの、母なる海のような場所です。

原初生命たちの揺りかごとなった、生命のスープのような、滋養の波間の育み。でもこれはDNA的にも誰にも記憶されているのなら、海はやはり全ての母ですね。
映画でもやはり主人公は最期は海の深くに還っていってしまいますが、そんなシーンを初めて観ていた13才位の少年恵人は、某かのシンパシーを感じていたのでしょうか(笑)

もの凄い余談ですが、海中で出産された子供はIQがとても高くなる傾向があるというのを訊いたことがあります。海中で出産する、というだけでも驚きなのに…。

ではでは。



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by zaraian | 2014-07-10 23:14

熱い海の思い出


無沙汰してしまいました、恵人です。

先日熱海の伊豆山神社という場所へ赴いていました。
熱海…は住んでいる場所からそんなに距離を感じることなく行ける範囲で、何故かはナゾですがいっときはよく一人で熱海、伊豆のあたりへ行っていました。

伊豆山神社というのは昔から修験道の霊山としての歴史があるそうですが、あの(?)役行者も修行していたことがあるらしく、鳥居をくぐってしばらく昇ったところに木像があります。役行者ファンですので、行くとかならずご挨拶するのですが…役行者ってスゴイ伝説の数々を残してるのですよね。

好きなエピソードは当時の政府に目を付けられて追われていた時、母親を人質にとられて伊豆の沖島に(たしか)讒訴されたという話。さすがの行者様もお母様の為には大人しく讒訴されたそうですが(笑)、その先で夜な夜な幽体離脱して富士山の方へ行っていたとか、海を歩いて渡ったですとか、「ほんとかいな」という逸話を沢山残されています。
サイキックとか最早そういうレベルではない、超マスター級の役行者さん…日本のマーリンみたいで好きなのです。

…脱線しましたが、伊豆山神社、とてもよい場所です。
その日は空一面瑞々しいグレーの、不思議な空気と天気の日だったのですが、丁度そんな日に登山したかったので本当にベストタイミングでした。

いつも本殿の神社が目当て(?)ではなくて、(本殿も勿論とてもよいお社ですが)裏山を登った先にある白山神社ーーと言ってもご神体が岩のような原初的なものですーーを目指していきます。

ここ、本当に古代は祭祀場だったのだろうな~という神聖な空気が充ちていて、蚊が凄すぎて中々ジッとしていれませんでしたが、思う存分その場所の巨岩や木々と交流を果たせました。
近年パワースポットとしてフェイマスになってしまって、この日も人がちょろちょろといらっしゃったのですが運よく、不思議と白山神社では誰とも遭遇せずにいました。お陰で思う存分自然と戯れ、ちょっとヘンな人に見られずに済みました。

熱海は山の方は神社が多く、おススメは来宮神社という、樹齢2000年位の楠がある神社。こちらも何度か行ったことがるのですが、本当に、樹という感じではなく、もはや巨大な生命体のような雰囲気と大きさです。そしてとても癒されます。

なんだかんだと熱海は思い出深く、一度、自転車野宿の旅にでた際、たまたま「熱海ビールフェスティバル」というのが催されていて、一人でビール飲んでほろ酔いになっていたのも今では良い思い出です。その日そこのベンチで寝てたらかなり雨に降られましたが…。

他にも何故か海だけ見て、そのまま帰ったとか、家から歩いて5分のところに海あるのですが、何故だか熱海にはふらりと行ってしまうという、個人的にエニシ深き場所です。商店街で売っている海産物も美味しいです。

ではでは。


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by zaraian | 2014-07-10 22:26


ヒーラー恵人(けいと)の星のブログ。遠隔セッションでは星のワーク、ヒーリングをご提供しています。https://uripita.jimdo.com/


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